松田昌ピアニカコンサート

お墓参りはポイント制でもなければ毎回いくことはできないよーなどと若い人から言われそうな感じである。ポイントがたまったら行く?
親に感謝する日 御先祖様にも・・・。
重々承知・・・。すみません さぼりました。お盆に行っては理由にならないかな。
ピアニカコンサートに行った。
松田昌さんは私のピアニカの師匠の師匠。ピアニカをまるでサックスのように吹く。元は有名なエレクトーン奏者である。彼によってピアニカがメジャーな楽器として扱われ今は多くの愛好家がいる。
池田の逸翁美術館のマグノリアホールというあまり大きなホールではない場所だった。
切れ味抜群のあの音は私も使っているヤマハの機種である。同じ楽器とは思えないが少しでも近付きたい気持ちになる。
音楽とは人間の熱きハートだ。驚いたのは頭にピアニカを乗せた形で数曲吹く。
ピアノの中島徹さんは昌さんと初競演でとてもいいピアノを奏でていた。二人の掛け合いが聴衆の心にどんどん入り込んでくる。
ピアニカが人に呼び掛ける「どうしてる?」というオリジナル曲や黒いオルフェやマイウェイはとても気にいった。他にもアレンジが華やかであっという間に時間が過ぎ友達二人を誘っての161年ぶりのうるう年の22日というお彼岸の日はさわやかに過ごすことができた。暑さもやっとひと段落かな(^_-)-☆

セミを見て

みんなの広場という毎日新聞で「セミを見て改めて命を考える」という投稿に胸がつまった。
引用・・・16歳のころ命を投げ出したいと心から思った。手首に残る無数の傷が問いかける「おまえは何をしてきたのか」彼らはわずかな時間ながら精一杯生きている。蝉の声を聞きながらこんな思いを巡らせた・・・とある。
生きている限り生きるあかしを刻んでゆこう。どんな形であれ・・。そして笑おう。秋となり蝉しぐれはきこえなくなったが、そう思っている。・・・と。
何があったのかはわからないが、その投稿者は30歳男性でフリーターとして今は一生懸命の姿がうかがわれる。
人生は長い。自分の受けた生に感謝してどうかしっかりと生きてと同じ世代の息子を持つ親として祈った。

その投稿の横にである。近頃みんなの広場は「中学、高校生の投書が多すぎる」という苦情の読者の声というコーナーがあった。私は若い人の新聞離れが激しいときいて懸念を抱いているのだが、投稿があるということは学校の授業などでも読むという努力をさせているのだと思っていた。さすが・・・。なかなか良いことが書かれていて素晴らしいと思っていた。そこへ年配者の尖閣諸島問題や政治問題への投稿などができないという苦情には反対である。何かおかしい。若い人の考えも発表できる活発な投稿の場にしてほしい。年齢が高い人々が上から目線ではいつまでも若者は成長できない。私は反対に年配者が多すぎると思うのだ。
家庭からいろいろな問題を片づけなければ社会は成り立たないという見方はできないのだろうか。

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