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ラフマニノフピアノ協奏曲

「題名のない音楽会」反田恭平さんとバス(名前が覚えられない?)
さんのピアノ協奏曲はすごかった。
反田さんはロシアでラフマニの協奏曲の特別レッスンを受けての演奏。
まるで指揮者とオーケストラとピアニストのシンクロナイズドスイミングだった。
ピアノがオーケストラの一部になり全部にもなった。それは縁の下の力持ち的ピアニストの姿である。ピアノは決して大将ではなく一歩先んじたりえらそぶったりしないのだ。ともに歩む同志のようだった。
深い海の底に沈み歩む潜水艦のように一同がシンクロしていたのだった。
美しいメロディもハーモニーも脆弱で愛くるしいが聴いているすべての人を飲み込むような迫力があった。この曲はこういう曲だったのだという新しい発見もあった。
バティストータ(名前間違っているやん)は音楽に愛情を注ぎ音楽は生きているすべての人のものだと信じているようだった。
不思議な世界が広がり三つ巴になって吸い込まれていく。
未来への音楽の扉はそこに開かれいったのだ。
明るい未来へともに進もうではないかというささやきが聴こえる!!
朝からぬか床に手を突っ込みその匂いもさることながら、ちと水分が多いから調整!!お漬物のおいしい私の人生がやってきた。

書いた人 keiko | comments(0) | - |




塾通い

ついに小学校1年生から塾に通う時代になったのだと驚いた。
今日の1年生の生徒がいやに最近レッスンに集中しなくなって目が泳ぐと思ってママに訊いた。このままではいっぱいいっぱいでピアノが嫌いになりそうな気がした。
ピアノに関してもあまり早くから習わせると「エリーゼのため」というすばらしい楽曲は楽譜が読めるが、その中身の美しさまで表現できるようには小さいうちにはならない。
幼児教育でピアノの音感やソルフェージュを早くから習わせるのは耳を鍛える意味では良いが指の小さなうちに無理に難しい曲を弾かせるのはどうなのだろう。大人びた曲も然りである。ただ生徒によっては小さいうちに器用に覚えていく子もいるから、その子なりかもしれないと思うのはユーチューブのピアノ上手い子供達にはおどろかされるから。
ただピアノの習い事の先は長いのでじっくり続けてゆくタイプのほうがゆっくり大きく伸びる可能性もあるので焦らないほうが良い。

多種多様な生活を強いられている現代の子供たち、大人たちも未来を豊かにするにはピアノという楽器の特性を利用すべきである。それは広音域を使ってするピアノは高音域で美しいメロディを響かせ心を生き生きと高揚させ同時に低音域でハーモニーを響かせ心を落ち着かせることが出来るからなのであるという。心を整える楽器なのだ。ただ練習時間が取れなければ両手で弾くので難しく苦痛なだけである。
レッスンして練習させることは、確かにその目的は決して上手に弾かせることだけではなく楽譜を読めるようにし、音楽を楽しめる子にするためである。
だが素敵な演奏に導くことこそ教師の役割であると思う。勉強もできなくてはならないことはわかってはいるのだが・・・。小学校2年生のピアノ中心の生活に集中させて生き生きしている生徒のことが思い浮かんだ。トルコ行進曲を中1で弾く生徒は不安定な時期から少し素直さが戻ってきて・・それは音楽のなせる心の修業なのであると思う。
書いた人 keiko | comments(0) | - |



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