ピティナステップ

今日は朝から曇り空。外に出てみると風もあり過ごしやすい。
宝塚文化創造館に向かってピティナステップの会に足を向ける。
YちゃんとAちゃん姉妹が出ることになっていた。
お姉ちゃんは4回目妹はデビューだ。
同じグループの最後の生徒のコメントに「僕は何度ピアノをやめようと思ったかわかりません。でも続けていてよかった」というものだった。
私は目頭が熱くなった。あまりにも素直な言葉だ。気持ちがとてもよくわかったから。
そのあとの演奏ではディアベリのソナチネを落ち着いて静かに弾いていた。何か気づいたようでその気持ちが音楽に表れていた。私が審査の係ならそのことを書いてあげただろう。そして妹と連弾をした。楽しそうだったなあ。
とてもほほえましくて私はよいものを見せていただいてありがたいなあと思った。賞をもらうために音楽をするのではなく人に伝えるためにしているのだ。
ステップはコンクールではないが緊張感のある意味なさが音楽の中にとても良いものを作るのだと思える。
たった一人で舞台に立つ。自分の中にいる音楽の神様と対峙しなければならない。小さいころから誰かと対話しているように弾く音をもつこと。
8年間宗教上の厳しい教育を受けたことで私の中に神様が存在している。
手をいつたたかれるかわからないぐらいびくびくしながら運動神経は先生の厳しい手の動きから逃れるために培われてきたのかもしれない耐えたピアノレッスン。好きにはなれなかった。しかしだれかにどこか見守られているような気がして結局続けてきたのだ。
4年生Yちゃんはピアノが好きになっている。ふにゃふにゃの手でどうしようかと思った時期からよくあそこまで・・やはり長く続けることだ。妹のAちゃんは堂々としていた。それぞれ良いところがある。伸ばしてあげたい・・・。
まさに山あり谷あり。タイガースのファンは慣れっこだ。(メッセンジャーがホームラン?)お天気が曇っていて草弾きに今日は大活躍だったので私はまさにホームランは打たれへんけど何でも屋。蚊の漢字はなんで虫に文と書くの?ぜんぜん文化的でないよーーあーーかゆっー!!(>_<)

Comments

Post a Comment








Go to top of page