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目からウロコのピアノ奏法

馬塲マサヨ先生の「目からウロコのピアノ奏法」の講座を聴きに行った。
今、ピアノの先生の悩みの多くは練習しない子供たちのことである。
練習するのが当たり前だった自分たちの時代に即して教えていると支障が多くなっている。
こんな忙しい時代ピアノをなぜ習うのか。確かに最高の脳トレだとは思う。
さて私たちの音楽教師としての役割は何なのかを常に考えていかなければならない。
習う目的が様々なので振り回されるケースもある。
クラシック音楽を本当に習いたくて来ている生徒がどれだけいるのだろう。
時間がかかることで大変なのだが、そこをこちらはわかっていながらどう深く教えてゆけるのか。道半ばにしてやめてしまう生徒の状況を防ぎたいものである。
先生のお話はやはり私達への応援歌となり素晴らしいものだった。
クラシックで本物の悲しみせつなさ(それが芸術)を理解できる人を育てる。人への思いやりや五感を育てることでほかのことも育つのだ。音楽教育の重要性を感じなければならない。

生徒へはまず課題をできるだけ楽しく子供たちの興味の持てる教材を使うこと。
そして多くの簡潔な宿題を与え練習時間を増やすこと。
そして少しでも出来たらほめてどんどん次へ。習得曲のカウント数を増やし読譜力をつけることなのだ。その点ではギロックは良いと何度もおっしゃっていた。
ピアノは練習が鍵だからそのことに向かわせる工夫が最重要だ。
おうちの方には本物のCDを聴き一流の音楽会に連れていってもらい練習時間をしっかり確保してもらう。

私の家では常に父の好きなカラヤンのベートーベンのレコードが聴こえていたような気がする。でも当時は私はクラシック音楽は好きではなかった。エルビスプレスリーなどを聴いていた。
音階練習やハノンなどつまらないと思っていたしブルグミュラーも右に同じ。
読譜には苦労したが怖い先生のもと、そこで根気や忍耐を養ってもらえたような気がする。
今そのおかげで子供たちとの毎日があることは本当に幸せ。
先日孫娘とのやり取りでピアノは座って右が高く左側が低い音ということを教えようとしたら絶対否定で「右側が小さい音左側が大きい音」というのだ。
5歳だが本能で生きていると思うことにしたがなんと頑固だろうと少しおどろいたがその見解は間違いでもない。兄のハルは素直に聞き入れて学ぼうとしていたが性格も違うしまだまだあやは教えるという行為は先になるかもしれない。
孫や子に教えることは本当に難しいことだ。
何事も習い事で学ぶということは社会に出るのと同じ。
そしてその子の成長にとって個人レッスンであるからどれほど価値があるのかを知ってほしい。逆に毎日のレッスンの苦労が私を奮い立たせる。
書いた人 keiko | comments(0) | - |




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