ピアノレスナーが本文

音楽の先生は幸せである。音楽からイメージするとき特に楽器は目には見えず音のみなので一曲を聴いて感じる心は様々だし、同じ楽譜からテンポや音色を変えただけでまた違った曲になるので、その許容範囲であればどれも間違いではない。いろいろな弾き方があって良い。自由な世界だ。そんな音楽は芸術の中でも特別なものであると言える。
そこでレスナーは基礎的なタッチを踏まえその曲が持ち得る魅力をともに考えてゆく。最近ではユーチューブなどで模範的演奏が聴けるのでとても便利だ。
発想が豊かであればあるほど表現力もより生き生きとしてくるから、子どもたちの年齢に応じて指導してゆくことは相手の目線に立ってゆかなければならずそのことが実に楽しい。

その生き生きとするというところが肝心でそれが人を感動させる源となり心の栄養になるからすばらしいのだ。やはり生きるということ。命の発露になってゆく。宗教を持っている人は相対的に強い。音楽を学ぶことはそれにも似ている。

それを理解できて家庭環境がよく、良く練習してくる子は一瞬のうちにこちらの伝えたいことを理解して音で反応してくる。最近は練習が嫌いな子もこちらの熱意に負けて反応するようだ。
先月から来ている1年生のT君はギロックの「ガラスのくつ」が好きでどんどん素敵になってくる。教えていてその曲の新たな発見がみつかった。
ピアノは退屈な練習がどれだけできるかで勝負がつくが、そこでだいたい向き不向きが決まるので厳しいところだ。逆にピアノでコツコツやるという行動の先に美しいものをつかませて満足感を味あわせると考えて良い。
重そうに6冊もあるとか言いながら持ってくる本を嬉しそうにこなしていく。
お母さんがこの一カ月の変化に驚かれている。
学年が変わったこの時期皆にそれを意識させながら私も何かの1年生になった気分で頑張ろうと思う。

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