猫のしっぽ カエルの手

今日NHKで日曜日6時から放映されている「猫のしっぽ カエルの手」では先日池田作品コンサートで偶然にも私が朗読とピアノで取り上げたベニシアさんのエッセイが読まれていた。

人生は月のように満ちたり、欠けたりするもの。
人生の旅路には、次に何が待ち受けているか分かりません
予想もしなかったことが起きたり、心から愛する人を突然失うこともあるでしょう。
私たちはありのままに受け入れることを、ゆっくりと学んでいくのです。
そして運命とは、偶然ではなく、私たちが自ら学び取っていくものだと悟るのです。
粘り強さと根気をもって一生懸命歩めば、道は開けてくるでしょう。
そして、今生きているこの瞬間を楽しむことを知るのです。
心を穏やかにすれば、あなたの人生が美しい世界に囲まれていることに気づくでしょう。
髪を揺らす風や、赤ちゃんの笑顔、美しい花に留まる蝶など、何気ないものの中に、本当に美しいものがあるのです。
「幸せは自分の心次第です」

東北はまだまだ悲しみが癒えず復興が進まない現状だが、このベニシアさんの言葉の贈り物などから元気の種が育つといいなあ。

オペラ「夕鶴」

兵庫県立文化芸術文化センター中ホールのオペラ公演「夕鶴」を友人Mさんと 聴きに行った。
2階の一番上の座席だった。オペラグラスは必需品。
物語は「鶴の恩返し」の内容でだれもが知っている。日本の童話をこのような崇高なオペラにした大成功の例。
たった一幕だが子供たちの歌や4人の役の思惑やその中の二人の主役の美しい愛の歌が響いて特にソプラノのつうの声が心地よくて心にしみてくる。
人間の醜い欲で一番大切なものを失ってしまうという風刺劇と言ってしまえば簡単なのだが見事にその世界を芸術に投影させている。
最後のシーンは感動の涙を抑えることができない。余白の多い考えさせられる作品だった。
また洋楽オーケストラの奏でる団伊玖磨の音楽がすばらしい。ドビュッシーのような近代的な不思議な音を取り入れている。個人的に高評価。フルートがよかった。幻想的な舞台に仕上がっているのだ。
つうはよひょうに言われて織る最後の織物は自分の命と引き換えぐらいにしてよひょうのために人間ではないので実際には産めなかった赤子のように大切に抱いていた。悲しいのだがそれがよひょうの望むところならと・・・。
よひょうはおろかにも約束を破って織っているところを見てしまう。
かわいそうなつう。つうはもう人間でいられなくなる。
字幕付きの舞台はさらにわかりやすかった。
人間のおろかさよ・・・。人とのお約束は守りましょう。お金ばかりが人生ではない。など標語になるようなセリフをここで反復しても仕方がない。
しかし結局プログラムを帰ってから読むと演出家はそこが言いたいのではなかった。音楽であらわす二人の純粋な愛の物語だそうである。
そして人間世界の黄昏を暗示する作品と書かれている。

津波ピアノ

NHKの「津波ピアノ」を見た。東日本大震災から7年が経った。
坂本龍一が東北で出会った宮城県の農業高校で津波にさらされたグランドピアノを持ち帰りアート作品としてゆく経緯を語った番組である。
楽器は体の一部だとしてほっとけないからと震災の1年後に東北の学校の楽器を修理して回っていた。県立宮城県高校の体育館の舞台にそのピアノはあった。水につかり泥だらけだったという。坂本龍一はそのピアノを弾いた。
私は驚いた。ひどい目にあったのにまだまだピアノとしての音がなっていたからだ。それどころかきれいな音だった。そのすごさに感動。
死んではいなかったのだ。
楽器の逞しさとそれを作った人間の英知を称えたい。愛おしくなる。
坂本龍一はニューヨークでそれを使って映像や自動演奏など現代のアートとして作品を発表することとなる。
地震のデータなども使われているそうだ。
ピアノは泥やさびなど鍵盤が動くようにした以外はそのままだ。
そのことがピアノが受けた震災からの調律だから。奇麗にリカバリーすることは今の技術なら簡単にできることだが・・・。
残酷な自然の驚異から逃げおうせない無念さやそれでも人間は生きてゆかなければならないという勇気を与えるものとして坂本は作ったのではないかと思う。
自分自身に対しても・・・。
3月11日夜11時からBSプレミアムで放送される。がんを克服した坂本の復活作品でもあり、美しい心を揺さぶるメロディも奏でられる。

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