母の愛

「人生でこんなに頑張っていることは今までにありません!」
というくらい頑張って練習をさせてきているママがいる。
長い道のりなのだから息切れしないようにと言いながら4歳のYちゃんをレッスンした。確かにすごいスピードで上達している。
母のサポートがなければピアノのレッスンはやはり成り立たないのだ。
母の愛や想いが支えとなり音楽の道を開きすすむことができる。私はピアノを教えるというより子育てを見守っているような立場でもあった。
日本の家庭にはピアノの普及率が高いがそれがどの程度機能しているかは疑問点があり、大きくなってもそれを弾いてくれる生徒を私は目指さなければならないのだ。
好きと言うだけでは足りなくて子どもの頃に多くの失敗や成功の体験をさせなければ心には残らない。
泣きながら練習をしてくるぐらいに小さいうちはすることが望ましい。
多くの習い事をしながらのピアノの道は厳しい。しかし人間の最後まで機能している場所・・それは耳だという!!
年老いて体が動かなくなっても心は生きている・・心の叫びは熱き血潮は流れている。
小さいころからの人間形成に音楽教育はその子の人生の一生を司ると言っても大げさではない。

月命日

昨日は26日は母が亡くなってちょうど1カ月になる月命日だ。
母がお世話になった診療所の院長先生のもとにあいさつに行った。
先生は施設へいつも往診していただき優しく接してくださっていた。危険な状態で緊急入院させて下ったことが何度もある。今回も病院への手はずを素早く整えてくださり最後まで出来るだけのことをしてくださった。
10年近くも施設で温和に暮らせたのは先生のおかげだ。少しお薬の飲みすぎではないかと思えたが、私は先生にすがるしかなかった。
すぐに帰ってお坊さんを迎えた。
光明寺の奥様が読経してくださった。とても良い感じの方だ。私の部屋のグランドピアノを見てご自分も若いころ幼児の音楽教室で働いていたという。
今は仏教婦人会のコーラスの伴奏をしていらっしゃる。
「地球をまもろう!リレーコンサート」に聴きにきてくださるということになった。チラシも配ってくださる。
母のおかげで新しい縁が生まれ是非次回はそのコーラスグループの参加をお勧めしたいと思った。不思議な縁・・・母のおかげだ。
母の49日は9月7日に光明寺で行うことになっている。

ジュニアピアノコンサート2014最優秀賞

先ほど新響楽器のスタッフの方がわざわざ届けてくれたトロフィーと賞状を嬉しいので見てください。
私のピアノ教室でも最優秀受賞は初めてのこと。
岡村まゆちゃんおめでとう!!
先に見ちゃいました。次のレッスンは9月ですね。この結果はやはり練習量に比例するもので前前日のレッスンではぜんぜん弾けていなかったがその時のレッスンビデオで注意することをお母さんがノートに書かせて本人が理解して臨んだ結果だったという。日頃から普通の生徒の1、5倍の教材を持っている。リュックにぎっしりつめる2年生。どの学年も我が生徒たちは1時間レッスンのため教材が多いようだ。ほとんど1週間で新しい曲は読み切ってくる。私の意見を即座に取り入れて音に変えることができる。妹の5歳Mちゃんもギロックの「漂う雲」で手の交差でばたつく両手の音の響きを注意したら即返信。
ただソフトクリームのようにマシュマロのようにと言っただけなのにふんわりと弾いてくれた。その瞬間意味が通じたことが私の心を躍らせる。
絵本の世界だなあ。やはりギロックはファンタジー・・・。
ピアノ教師として冥利に尽きる瞬間だ。ありがとうと心から感謝したくなる。
torofi-syoujyou

デュアルタスク

現在二つのことで私の頭は進行している。母の施設の部屋を片付け仏壇移動の後地球コンサートチラシ制作とギロックパーティとフェスティバルの最後の準備強化体制だった。
ギロックは「おもてなし」4年一度のオリンピックみたいなものでお部屋(ピアノのあるなでしこホール)を借りて食事つきパーティもする。ちょうどお隣がレストランなのでそこからのケータリングである(とてもおいししい高級レストラン)。カナダから安田会長が来られるし、多くの会員が遠くから足を運んでくださり演奏も交えながらて是非楽しんで帰ってもらいたかった。
西宮支部代表とは名ばかりだが西宮でやるからには動かなければならないことがたくさんあった。

母のことで少し私が動けずミルフィーユ地球コンサートは今年は多くの方に来てもらいたいからチラシを2000枚ほど外注することにした。・・。これがたいへんだった。安いのでこちらでほとんど仕上げなければならない。なんとか出来てほっ!
また今年私はみやたんという西宮観光キャラクターグッズをお借りし着ぐるみで出演することになった。その申請など西宮市文化振興課への書類作成そして郵送など手間がかかり、マイ事務局は大忙し。ややこしいことには苦手な私だ。でも絶対にやらなければならなかった。
すべてを同時にやりレッスンが手を抜けないので夏の暑さを感じる暇がなかったような気がする。
しかし意外に出来るものだなあと自分を見直している。
自分がどこまで出来るか限界を知るためにやっているようなもので・・・。結局は自分的にエゴなのだ。でも逆に働くというのははたをらくにすることなのだそうだ。
私は常に皆の笑顔が見たい気がするし、音楽で力になれることがあったら・・・と常に思っている。だれかの質問・・
「二つ同時にやっていてこんがらがることはありませんか?」
「はい、良くあります 困りますーー(>_<)」
たぶん来年の夏は南の島でカメハメハ・・・。

緊急事態!

私がブログを始めてめてこれだけ日が空いてしまったことはありません。10日以上ですみません。
母の部屋の片づけや仏壇の輸送、お盆は休みなく働いていた。多忙というお坊さんに取りつかれているようだった。お盆が終わるとレッスンも通常に戻り暑さを忘れるほどだった。その後にはギロックフェスティバルのことや地球を守ろう!リレーコンサートのことなどが津波のように押し寄せて来て今日は少し一段落。
父や母が部屋で見守ってくれている気がしてがんばれる。おかげさまで地球コンサートのメンバーもしっかり30組集まった。予定の時間が足りないくらい大盛況だった。少しづつ浸透してくれていることがうれしくて、そのために事務作業などなんのそのだ。
まだまだやらなければならないことがある。これからがよほど大変な作業だが、心を込めて行いたい。
母の笑顔を思いだし私の元気に頑張る姿を天場から応援してくれているだろうと信じたい。

表現力を生きていく力に

だれのレッスンだったか「心を込めて弾きなさい」と生徒に行ったらその時一瞬にして弾き方が変わったことがある。びっくりした。私もこの言葉しか見当たらなかったから言ってしまったのだが、小学1年生ぐらいだっただろう。子供は本当にピュアなのだ。侮れないと思った。
余談だが指がへなへなでついにその子に引っ越しなどで包むときに使うビニールのプチプチ(別名暇つぶしという)を渡して結構大きなサイズのものを夏休みの宿題として全部つぶしてくるように渡した。
そんなことがその子供の眼を輝かせることになろうとは・・。面白いアイデアらしいが私は必死だ。指の第一関節が折れ曲がってしまうとピアノの音が立ち上がらない。
さて効果はいかに・・・。

先ほどの話に戻ろう。
心を込めて弾くというのは聴いてくれているその人のために弾くということなんだとわかってもらいたい。うっとりしたり元気になったり楽しくなったり聴いている人が今の自分の気持ちを精一杯わかってもらい共にそのような気持ちになれるように演奏するということだ。
ほとんどピアノレッスンでは弱い自分をさらけ出すことになりそんなありのままの自分を受け入れて新たに演奏を作り直してゆかなければならない。
練習して素直になりまっすぐにそのことに向かってゆける人を育てる。
「誠実な一人の人間」を育ててゆく・・・結果はすぐには出ないが未来に出るのだ。
きちっと伝えきる努力を工夫をすること・・謙虚に誠実になることを学ぶ。
教える立場はピアノがそのためにあることを忘れてはならない。

父の仏壇を移動させるため自分の部屋を片付けていたら、北村先生のエッセイが目に留まり私に自分の仕事を再確認させてくれた。表現力を生きていく力に・・・。ピアノを習うことでお母さんたちが子供に求めていることは美しい発表会の衣装をまとうためだけではない。実はそこなのだと思う。

草抜き

朝から台風情報でこれは今日のレッスンはお休みしましょうかと生徒のお母さんに連絡したら来たいということだった。こちらの都合で先週休まなければならなかったし来週はお盆にはいってしまう。熱心なママたちにエールを送りたい。
予定の3人とも風雨のあまりひどくない時間帯に終えることができた。
午後外の植木鉢をくくったりしてるうちに以前から気になっている草をなんとなく抜き始めた。実は草抜きの業者に見積もりにきてもらうことになっていてあまりの草丈の長さに高額請求もありやと思い少しぬいておこうとしたのだ。
ところがいつもいる大量の蚊は少なめでかまれても慣れたらそれほど気にならない。
かゆみは一番嫌なことなのでそれで草抜きをさぼりたいと思っていたのだが。
台風が一掃してくれたのか・・・。
長袖を着ていてよかった。雨はやみ気温も低めで風があり気持ちがよいくらいだった。
忙しさで庭仕事ができずジャングルのようになっていたのは5月以来手を入れていないからだ。伸び放題だった。電話一本で来てくれるかと思いきや10月になるという高齢者事業団。もう一方の業者は見積もりさえも一週間後になるといわれた。
それなら自分で・・・。
私の才能の開花はピアノではなく草抜きだったのか・・・。
10坪ほどだが2時間半ほどでついに大方一掃してしまった。大きなゴミ袋に2個分。
それから庭を見てはすっきり気分が味わえて台風様ありがとうといいたいぐらいだった。。
でも今から向かってくる台風は相当なものだとテレビが叫んでいるが大丈夫だろうか。

タッチ&ゴー

姉が結婚して以来またその結婚式以来の四国訪問で松山へ飛行機で出かけ宇和島の甥の今度は披露宴(ハワイは挙式)に参加してきました。母の写真を携えて。
その飛行機のチケットをインターネットで買いコンビニで支払いまたそれをネットで座席券に変える作業をしてややこしく結果タッチ&ゴーといういかにも簡単に出来るように表示されているのでびっくりしました。もうこれ以上ややこしくなるとこれからは私にはそんなチケットも買えない。電話をしても夏休みはなかなかつながらない。
ぶつぶつ言いながらとにかく無事に飛行機には乗れたものの何がタッチ&ゴー(バーコードで機会にタッチするだけ)だ!と思いながら2泊3日の滞在でした。
すしエモンと言う回転寿司に行き注文はアイパッド。
新幹線のような動く仕掛けの入れ物に乗ってやってくる注文の品。
確かに味は美味しいし値段も安い。
わいわいがやがや姉家族との大人数で皆で食べる食事はとても楽しかった。家族で食べる楽しいお寿司・・。0歳からのコンサートのようで・・。
でもお腹一杯になればいいというものでもない。
私の年齢は微妙な位置にいるかな・・・。

母の存在

祭壇
母のいない人はいない。(もちろん父も・・)
しかし率直に甘えることができるのは母である。なぜかゆりかごのようにいつも自分のそばにいるような気がする。何か困ったことがあったらすぐに相談し可愛がってもらっていたし父からもたっぷり愛情を注がれていて成長して反発することもあったがあまり細かいことには口をださず厳しさの中にもおおらかさがあった。良く言う母と娘の独特な関係で悩むことはなかった。どちらかと言えば背中で私達を突き放して育てていた。子離れは驚くほど見事だった。
強く優しい精神で私達を見守ってくれていたということ。
母は病気の父を支え私達をとうとう音楽の道に送り込んでくれたのだ。
両親から芸術へのあこがれやそれを続けていく力など学んだ。
すごい母だなあと思う。
今でいうキャリアウーマン。小さい時は働き過ぎで倒れないかと良く心配したものだし相手をしてくれないことへの寂しさもあった。
私は生前母に感謝していると今の状況を良く話した。
もしもこの仕事(ピアノ講師)をしていなければ私の人生はいろんな意味で困難を極めていたであろう。精神的にとても救われている。
母は満足そうにそんな話をほほ笑みながら聴いてくれた。母にそういえば苦しい時も愚痴を言ったことは一度もなかった。母を悲しませたくなかったからだがそのことは母も知っていたのかもしれない。姉はそういう私の性格は母に似ているという。
晩年の母は子どものように私を頼りきり若い時の活発な母ではなかったがその大人しく素直で上品な面は施設の人にもとても好かれていた。
もっと良く顔を見に行ってあげればよかったなどと悔いてもしかたがない。
今は安らかな顔で私の胸の中に眠っている。
このウエーブの美しい祭壇は姉と二人で特別に選んだもの!!

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