テンペスト

べートーベン作曲のソナタ、テンペストの3楽章を勉強している銀行に勤める社会人3年目のTさん。
大学に通いながら熱心に続けてきたピアノ。
指が弱くてなかなか弾けなかったが以前子供の頃習っていたことが十分あるのでやる気でこの曲にたどりつた。仕事をしながら続けているので練習時間をとるのがとてもたいへんだが、そんな弊害を上回るほどピアノが好きだ。
暗かった嵐が収まり後半やっと明るく美しい光のような希望が湧いてくる旋律と和声があり、そのつかの間の響きを味わって二人で感動した。
とにかく長く続けたいと言う。
私も真の音楽の魅力に気づいてくれた彼女に「これからも一緒に勉強しながら頑張りましょう」と伝えた。
笑顔であたたかな冬の日差しの中を足取り軽く帰っていく姿があった。

オケ老人

杏ちゃんの可愛らしい性格とコメディアン的なところが好きでこの映画を見に行った。
それこそぴったりな役だった。
オケ老人>ボケ老人にかけてあるのだが俳優陣はベテランで笹野高史はさすがにうまい。
音楽が好きだということはやはり素敵なことである。
楽器の醸し出す木の香りや響き。バイオリンだけでなくピアノもそしてどんな楽器も練習が大変でそのことを乗り越えると楽しくなる。オーケストラなどは自分勝手に演奏することは許されず人と合わせて初めて素晴らしい音楽となる。
年齢を問わず年齢高くても逆に円熟性のある音が出せるのも音楽の良いところだ。幾つになっても努力は報われるということ。
手作りで手仕事の楽器操作。
その魅力はどんな人の心も打つ。上手に演奏することだけがすべてではなく人と競争することがすべてではない。あまりにも自己中心的な国の大統領のニュースが毎日流れ、辟易しているところに痛快だ。主人公もエリート集団にいればこの感動はなかった。
最後に会場が停電しても盛り上がる演奏は努力のたまものである。
ダイコン協奏曲なんて・・・あれは本当にできるものなのかなあ。
面白くそして感動する心あたたまる映画だった。
忘れてはならない何かがあった。

藤原亜津子バスティン講座

去年1年間バスティンのピアノパーティーシリーズで修了証書を頂いた。
それに続き次の段階のベーシックスの講座にも参加することにしたので今日から通い始めて2年目のバスティン講座通いが始まった。
第1回目の今日はバスティン教材指導者のボス的存在藤原亜津子先生のお話を聴いた。先生は戦後復興を経験された74歳の指導者だ。
茨木県で教室を開いていらっしゃる。
ずばりバスティン教材の素晴らしいことは譜読みが強くなることと楽典など大きくなってからしていたことを小さいころから学んで耳を訓練し、英語を使って将来コードでも弾けるようにする。
全調を理解し複雑な調号の曲も敬遠することもなく理解し小4ぐらいの勉強などが忙しくなる前にピアノを好きになってもらうことが目的だ。
幼児の早期教育のための教材かと言えばそうではない。
こちらの接し方でずいぶんショパンなどに早く出合わせることが出来る。
生徒のレベルは様々なのでいろいろなレベルに対応できるようにしたい。
今日はお手玉の使い方をポニョの音楽に合わせて教えていただいた。
家にいても自分未満の教え方になる。
生き生きと演奏するための極意など、街の先生はやる気を引き出すのが仕事。常に進化しなければ教室として選ばれない。

音楽の魅力

今日、カワイ梅田サロンの講座は林達也先生の和声学の講座だった。
難しい理論のお話が展開するかと思っていた。
ピアノ教師に求められる音楽の指導の仕方の心得のようなものだったが、限られた時間の日々のレッスンの中で何が大切な事かを教わったような気がする。
和声とは?音楽の魅力の鍵を握るもの。
鍵盤を両手を使って表現するピアノは耳と体全体でハーモニーを聞くことが出来、2本のうでで旋律と伴奏を同時に奏でるので自分一人の演奏で十分その臨場感を得られる。
読譜力は楽譜を読めるだけでなく理論的なこともわかっていることでさらに音楽に興味がわくようになる。
左手は難しいが和声の観点ではバスがとても重要でコントロールが必要。
なのでヘ音記号などは苦手だと言ってはいられない。
楽譜を耳からまるまる覚えてそれだけで弾いてしまうメソードもあるがそれでは楽譜を読めない子を育ててしまう。
読譜、和声やソルフェージュ、聴音は大切な音楽教育の基礎であり、奏でる10本の指は一本づつ意味を持つので技術も育てなければならない。
和音は縦につながり・・同時にその和音の変化が横の流れを促す。
音楽は時間芸術なので聴覚を刺激する美しい和音の流れは心の中に染み入り人生とはどうあるべきか、生きるということはどういうことかのような豊かな感性を
もたらしてくれる。その上リズムやメロディが重なるのだからなんと総合的な贅沢な代物だろう。色彩的な感覚がそこに感じられればもうその魅力にはまってしまう。
小学5年生でインフルエンザで熱に浮かされながらラジオで聞いたショパンのピアノ協奏曲の美しさに魅せられ音楽の道に進んだ林先生。(テレビの林先生ではないですよ)
スコア―を買いに行って弾いてみたそうだ。
鋭敏な感性の持ち主。
私の父はクラシックのレコードをよく聴いていた。カラヤンなどの崇高な芸術品を聴く姿があったがその感性の切れ端を私はもらい、今があるかもしれない。
小さいころはその迫力あるベートーベンにかっこいいなあなどとは思いもよらなかったが・・。

フェデラ―戦

レッスン時間で見られないことが多く錦織のフェデラー戦はどうしても見たいと思い今日はセカンドブルームの練習を終えて急いで家に帰った。
ジョコビッチもフェデラーも敗退し大波乱を起こしていた。大チャンス!!しかしフェデラーは調子が良く錦織を苦しめている。
錦織はサーブが良くなっているがフェデラーになんとかついていってほしい。
どこまで食い下がれるか。
半年ぶりにグランドスラムに帰って来たフェデラーが強すぎる。
ロールキャベツを作りそして食べながら応援。
霙がふる寒い一日だったが、錦織がこの位置にいるだけであたたかい気持ちになる。
とてもいい試合である。

錦織大苦戦

錦織はやはり第一セットを落とす。
よくあることだった。世界ランクなんて最初からなければよいのにと思う。
たぶん格下の選手を甘く見ているような感じがした。
なので今日の経験は良かったと思う。
レッスンが朝からあったので初めだけ見ていた。負けているかもと不安な気分になったが、レッスンが終わりちょうど気にかけていたその時テニスの好きな昔のママ友仲間から他の用事でライン電話があり勝ったことを知らされほっとする。
浦安に住む彼女は久しぶりに話した声も変わらずで相変わらず元気なこと。
錦織はいつも相手の出方を見てから組み立てる方式のようだが思いっきり体当たりで来る格下の選手には足元をすくわれることがあることは何度も経験しているはずだった。勝負の行方など誰にもわからない。
ひやひやする試合を見せる錦織には慣れているが今春初の大きな試合に負けると幸先が悪い。どのような相手でも自分のテニスさえできれば勝てる。
3時間34分。最後のギアチェンジがもう少し遅かったらと思うと・・・。
このことはきっと次につながることだろう。始まりは劣勢で心理戦のようで観客を喜ばせるための作戦かとも思えるぐらいだ。もうそれはいいからね・・。

京都の旅

1月初春を迎えると私の誕生日もすぐにやってくる。義母と息子家族との温泉旅行をかねてから予約していた。
波賀東山温泉だ。ところが報道では今週末は雪になるという。車での移動は無理だった。私の車はスタッドレスははいていない。
急遽電車での旅に変更して京都に行くことにした。金閣寺の雪景色は有名である。四季育む宿「然林房」へ。
雪を子供たちに見せたいと息子が言った。
91歳の母と上は6歳と下の4歳の孫娘を連れての旅行。4世代の・・・。私はリュック姿で両手は開放。めちゃそれは後から正解だと感じた。
これが最後になるかもしれないといつも思う。
土曜日午後おそく行きは阪急で烏丸から地下鉄。北大路で送迎バスに乗る。
夕暮れ時静かな京都の高級な感じの宿。既に積もっていてロビーの日本庭園は雪景色に覆われ幻想的だった。大人の私も現実に雪の光景を見るのは何年ぶりだろう。
少ない泊り客の中に外国人(中国人)がいて食事もお風呂もとても賑やかだったが母はこんな少ない泊り客で採算が合うのかしらと心配顔。
温泉は時間も制限され大浴場は閉まっていた。食事の味は京の上品な和懐石。味はさすがである。
温泉は時間制限がされ露天風呂がないがいいお湯だった。
翌朝、金閣寺に送ってもらい向かったのは良かったのだが、参道を雪が降る中歩き始め相当な人の数で前に進まない。ついに孫たちが泣き始め寒さに耐えれないようだった。2.3年に一度の雪の深さということで無理は禁物。なかなかすべてでベストな事が運ぶわけはなかった。
断念して来た道を戻り帰りのバスは阪急の西院で降り西宮に1時半ごろには帰宅した。無理は禁物。足元も悪いうえあの人の多さと寒さに辟易してしまった。
帰りの神戸線などは別世界で全然雪はなかった。
日本中雪が降るような報道だったのに。
取りあえず無事終了。私のお正月からのイベント予定は・・・。
思い出深い?楽しい旅を終えたとしておこう。義母の元気さと孫の成長にやはり乾杯。息子の子煩悩さにも。こんなに可愛い子供たちに育ててくれたお嫁さんにも。

ジバングはすばらしい

この連休は初レッスンとピアニカのレッスン。昨日は同窓生で作っているバンドの老人ホーム慰問ライブの練習&新年会。今日は体のメンテナンスマッサージとコナミへと自分の個人的な動きで時間が過ぎて行った。
コナミではスタジオで30分速足ウオーキング。そのあと久々にプールで肩こり腰痛アクアビクス30分をやり全身を動かす。
ようやく発表会前から年末にかけての風邪が治ったというのに。プールの水はとても冷たくてまた風邪を引いてしまいそうだった。温水につかったりサウナに入ったり私の今年の抱負は健康に留意することである。とにかく元気に過ごしたい。
昨日の残り雨がパラパラ・・寒くて体を温めるため夕食は義母と鍋をつつきテレビ大阪にチャンネルをあわせた。
「こんなところに日本人」極貧のアフリカブルキナファソで孤児院や学校を作ることに生きがいを持って自分の身を惜しまず行動しているI氏の暮らしだ。フランスに住むユニークな77歳の老紳士!?
その後の番組「未来世紀ジバング」では日本人のベンチャー企業が世界の温暖化により苦しんでいる国を救う技術を考えだしか明るい未来へと努力している姿。
電気で動く水上を走る自動車などは画期的だ。水害により苦しんでいる後進国にもまた日本で起こりうるかもしれない水害の手立てにおおいになるだろう。
小さな国日本が生きていくには工夫と知恵と優しい心が決め手になる。日本ってすばらしいと思った。
その番組の車のCMで車を売るのではなく車に乗る人生を提供しているのだという言葉があった。
私もそうだ。ピアノを教えるのではなく音楽をする人生を教えているのだと思う。

着物復活!!

もう20年以上のつきあいになるよーたんの家に新年会で今日は訪れた。
我が家からは車で40分ほど千里中央方面に走る。環境はすばらしく都会でありながら緑も多い場所。彼女はかつてピアノを教えていたことがあり私とは先生仲間だった。今は書道の先生。おもてなしが好きで今はコーラスにはまっている。
もう一つ私との共通点は着物を着ることが好きということだった。
私は母が亡くなってからもうすぐ2年半が経ち慌ただしい日々の中着物を着ることがすっかりなくなっていて着付けも忘れてしまっている。
せっかくのお正月だからせめて練習を二人でしようということになった。
美味しいお鍋をごちそうになり私の歌のレッスンの曲を少し歌い(電子ピアノがある)それから着物着付けの練習をした。
楽しいひと時だ。袋帯の練習。もう少し確実に着れるように今年は練習してゆこうと話した。夜のとばりははやい。夕方暗くなってから帰宅。久しぶりに冬らしいお正月の続きの日で私のお正月休みはこれでおしまい。
明日はギロックの定例会のことはじめである。
あっという間の年末年始が過ぎて行った。
そして初レッスンが明日から始まる。

ジャパン・ヴィルトゥオーゾ・シンフォニー・オーケストラ

三枝成彰さん大友直人さんが企画するニューイヤーコンサートを聴きにお友達のMさんと兵庫芸文センターに足を運んだ。
家から30分以内に会場につく場所にお互い住んでいるので新年を祝うすばらしいコンサートにここに来ないのはもったいないと思った。
東京や大阪国内の有数のオケの首席ばかりが集まりこの日のために形成されたオーケストラが大ホールで演奏する。
バルコニー席しか良い席がなかったのでそこを選んだがなかなか斜めの角度でオーケストラを聴くのも良いものだ。指揮者の手が見える。オペラグラスを持参したので今どの楽器が主に演奏しているかがよくわかる。
ただピアノの手は見えないほうの席だった。
さすが横山幸雄氏のチャイコフスキーピアノコンチェルト1番は聴きごたえがあった。
チャイコフスキーのシンフォニーを生で久しぶりに聴くとやはりスラブ系の音楽は日本人の心を揺さぶるものがある。
弦の豊かな倍音の響きが芸文の大ホールという大きな楽器にさらに乗り移り他の管楽器や打楽器と共にうねりをあげながら私たちの全身に流れ込む。音楽の渦に巻き込まれていくような気がした。穏やかそうだが多数のヴィルトゥオーゾをきっちりとまとめる大友直人さんの指揮はめちゃくちゃかっこよかった。
三枝さんのチャイコフスキーのお話は興味深くプログラムの解説がとてもわかりやすい。
新年ならではの演目であり奏者だったと思う。この感動を忘れずこの1年を是非良い年にしたい。人を元気にする音楽はやはりエネルギーの源である。

あたたかいお正月

2日の夕方から息子家族が来ることになりあわてた。
「君の名は」のガーデンズのチケットを予約していたからだ。家を片付けたあと車で出たらガーデンズに行く車の渋滞で道は混み20分ほど遅れて入った。
内容があまり把握できずに最後まで見た。あそこまでブームになる何か魅力があるのだろうとそれを探してみたのだが・・・。
美しい映像は確かに素晴らしかった。でも・・・若さがない私の感性のせいだろうか・・・。
早々に買い物をして帰った。あくる日は朝からハルと彩と近くの中谷公園で遊んだ。ついにバットとボールがデビュー。危険ではない小さな子供の野球なので私でも相手は出来る。お昼過ぎにガーデンズへの買い物へでかけようとしたその時、彩ちゃんがドアを閉めた瞬間ハルの指が残っていて挟んでしまったらしく大泣きに。その足でみんなで救急病院(西宮市中央病院)に駆け込んだ。おかげさまで事なきを得ておちつきガーデンズへ買い物に。
おもちゃを決めるのに時間がかかったがその後尼崎の「みずきの湯」へ行った。
食事はバイキングでマシュマロのチョコ掛けが気に入った孫たち。
驚きはやはりその動きに目を細めてひ孫たちの行動に公園以外は歩いてついて来る今年92歳になる義母のことだった。
何度もこの子たちのおかげでいいお正月が迎えられると言う。両手にひ孫と手をつなぎ歩くうれしそうな顔。
私も同感で4世代の行動は共にするというのは大変だがそこには貴重なとても幸せな時間が流れている。相変わらずバタバタなお正月ではあったがその中でも大分落ち着きの出てきた子供達。
孫たちかわいい盛りでこれ以上大きくならないでとつい思ってしまう。彩は寝ている以外はずっとしゃべっているし・・・。とにかく身も心も健やかに・・・。今年の春ハルは小学生、彩は幼稚園に入園する。
lineに友人からの桜が咲いてるという写真が送られてきた。本当にあたたかいお正月だ。

あけましておめでとうございます

hatuhinode
新年の元日に初日の出を全身で浴びたのは私の人生の中では初めてだったかもしれない。家を5時に出る。友人よーたんのお姉さんはもう7回目であるという。
年上の彼女のさらにお姉さんのしっかりした足取りに負けそうだった。
6時に出発。並んで可愛い酉年の根付をもらう。
中山観音駅から30分ほどで日の出ポイント。暗く集中しなければならないが神の道を登っていく。軽いのぼりだったがトレッキングシューズにしてやはり普通の運動靴より正解だった。ゴロゴロした石ころも多く歩きにくく雪の跡などでぬれた落ち葉が滑りやすい。
6時半ごろ到着し寒い中7時過ぎまでポイントで待つ。あたたかいお茶が美味しくお菓子を食べながら・・・。写真を撮るのは人が多いから一仕事。でも何枚もとったからぜひ見てください。その中の一枚。
大きな拍手が・・・。拝みました。健康で明るく過ごせる年になりますように・・。
帰りは清荒神へ。このくだりが結構きつい。
私は父や母と昔小さいときにお参りに来た記憶がある。家に帰りついたのは10時半ごろ。結果万歩計数字は約18000歩。帰ってからお節を頂いてビールで乾杯。出かける前の睡眠不足で睡魔に襲わればたんきゅー。解消してすっきりした。体中で足の衝撃を受けているみたいでこの歩数を普段から歩くことはなくいきなり足はビックリしているようだった。後ろの太ももが痛い。落差があるのでウオーキングとはまた違った重みがかかる。とにかくけがなく歩くのが目的だった。何も考えず黙々と歩く。
阪急ハイキング。毎年続けられたらと思う。母が亡くなりさみしいお正月だと泣いてはいられない。
皆様のところに明るい1年が訪れますようにどうぞ今年もよろしくお願いします。

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